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お金は幻である。 お金は実体の影である。 宇田経済学では、おカネは経済の実体には含まれない、と考えます。 宇田経済学においては、貨幣は記録・計算・証拠の機能を機能を担うメタな存在として位置付けられ、それ自体は交換価値といった様なフルーティーな価値を全く持たない、とされる。 金銭的報酬の伴う全ての取引は、報酬を受け取った人が一方的に与益し、報酬を支払った人が一方的に受益するもので、貨幣は、その事実を、ただ記録するのみである、と考えます。 これが、貨幣の記録機能です。 貨幣の計算機能は、報酬を支払う事によって、支払った分だけ、受益者の所持金が減少する事、および、報酬を受け取る事によって、受け取った分だけ、与益者の所持金が増加する事、です。 現在の購買者が過去の自分の販売の事実について、それを過大に偽って申告する事を、貨幣が不可能にしている、これが、貨幣の証拠機能です。 記録機能は人間の記憶力の不完全さを、計算機能は人間の計算力や誠実さの不足を、証拠機能は人間の正直さの不足を、補っています。 貨幣に対する宇田経済学流の理解の仕方の妥当性は、透明貨幣の思考実験によって、明瞭に認識されます。 透明貨幣の思考実験とは、現実の社会現象から、その現象が起こった後で、貨幣以外の部分はそのままに保って仮想的に貨幣のみ削除してみても、どこにも矛盾が生じない事、を確認する思考実験だ。 貨幣以外を削除した場合には、矛盾が出る。 例えば、現実の社会現象から、その現象が起こった後で、仮想的に食品を削除すると、そういう現象は生理学的に起こり得ない、と考えられる状況に成る。 食べてないのに食べた事にする、というのは、特定の個人が短時間だけ、だったら出来るかもしれないが、全ての人が何年も、というのは絶対に無理だ。 だから、この思考実験は、他の実体とは違う貨幣の特質を、浮き彫りにしている。 つまり貨幣は、ほとんど無くてもよい物、ほとんど無きに等しい物、なのだ。 現象が起こる前に貨幣を削除すると、人の心の働きの故に同じ現象は起こらない。 したがって、「ほとんど」無きに等しいが、「まったく」ではない。 貨幣の登場は本質的には、交換価値を持つ物質片の採用などではなく、新種の契約の許容化(契約の自由の拡大=規制緩和)だ。 その事は、電子マネーが理論的には可能である事を考えれば、明白である。 論理的には金(きん)に特別な意味なんて無いよ。 歴史的な意味があるだけさ。 強いて言えば、金の特殊性は、偽造できない事であり、それ自体の物質的魅力ではなかろう。 もし仮に、何かの偶然で、偽造できない他の物質が通貨として用いられたならば、それが現在に至るまで偏重されて来ているはずだ。 新種の契約とは、益の貸借契約である。
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最終更新2016年01月30日 | ||||||||||||||
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