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2022年01月14日(金曜日)
朝まで生テレビ2022年01月01日放送分を見た感想9

今では私が劣人主主義と呼ぶ様に成った政治思想を動機とする不正(犯罪)を、私はまだ未成年だった頃から問題視しており、この問題を克服する事を私は長年後回しにして来ました。
後回しにして来た理由は、つかみ所が無くどういう言葉で表してよいか分からなかった事や、そんな問題に時間や体力を使ったのでは本業である物理学の学習や研究が出来ない事です。
また、物理学を勉強する事によって得られる思考力を使わないとこの問題を解決できそうにない、と思った事も理由です。
宇田経済学相対正義論が、この問題への私の主な取り組みです。
物理学正典TEC-0-1-54補足説明欄にも関連記事が有ります。

この問題は、「分断」という言葉で最近やっと社会的に認知される様に成った問題またはその本質です。
つまり、それまでは「寝た子を起こすな」という言葉が希に聞こえて来た時に「へ?何の事だ?」と思う以外には大抵の人が無いと思っていた問題です。
人間社会内の最も本質的な対立は
優人主主義劣人主主義の対立、ニーチェ哲学の用語で言うと主人道徳と奴隷道徳の対立だ、というのが私の見立てです。
分断の問題は、労働者と資本家の対立、貧者と富者の対立、資本主義と共産主義の対立などだと我々は思い込まされていますが、これらは優人主主義と劣人主主義の対立から人々の目をそらすチャフだと私は考えます。
優人主主義と劣人主主義の定義には、まだ自信が有りません。
ここでは、とりあえず、エコヒイキをせずその結果として生物個体として優れた人が勝つに任せる社会が正しいという正義観が優人主主義、生物個体として劣った人が勝つ様にエコヒイキするのが正しいという正義観が劣人主主義だとしておきます。
貧者の中にも生物個体として優れた人は多いし、富者の中にも生物個体として劣った人は多いから、優人主主義と劣人主主義の対立は貧者と富者の対立ではないと分かります。

この対立を背景として、本質が劣人主主義者によるエコヒイキである様な犯罪が、我々の現代社会には空気の様に至る所、至る時に存在しています。
ルールを踏み倒せるだけの力が自分達には有るのにルールなんて馬鹿馬鹿しくて守ってられるかよお、と劣人主主義者が目覚める事によって、そういう犯罪が始まる面があろう。

さて、どんな犯罪かを言おうとするとこんなに長くなってしまう、この様な犯罪について、過去に私が自分の意見を述べ始めようとした時には毎回、非常に気が重く成った。
考えただけで一瞬で何時間分も疲れた感じがするのです。
その理由は、犯人を怒鳴り付けたいぐらい非常に腹が立っているのに、何をどう言ったらいいか分からない、目の前に犯人が居るわけでもない、言うなら全部を言わないと問題を矮小化(小さく誤解)される、全部を説明するには何の説明から始めてどういう順序で説明すればいいかも直ぐには分からない、全部を言っても井戸端会議みたいな所で言ったのでは言った甲斐が無い、といった事が一度にドッと頭に思い浮かんで、性能の悪いコンピュータが重いウェブページを開こうとした時にフリーズしてしまう様な感じに成ってしまった、という事です。
この文脈で「説明できない」と答えて不審がられたのではないかと思う事が私には何度か有りますが、これについても、守秘義務の様な意味ではなく技術的に説明できないという意味だった事は、
11日@2022年01月@日記で弁解した 「わからない」の件と同様です。
ある時は、屋外で私を含む数人組の中の同世代の青年男性がこの犯罪を憎む話を切り出しただけで私は瞬間的にひどくくたびれてしまい嘆息しながら仰向けに寝そべって何も言わなく成った。
話を切り出した人は、私の嘆息がそういう話を始めた自分の態度への駄目だという評価だと思い、宇田も犯人の味方なのか、と思ったかもしれない。
しかし、その時に私が思った事は、それについては私もあなたと同感だ、この問題はそんな程度(井戸端会議程度)で済ませるつもりはない、いま的確な言葉を返そうとしているが失語症みたいな感じに成ってしまって言葉が出ない、このまま無言でいいや、という内容でした。
屋内で私を含む別の数人組の中の1人が顔をしかめながら「変な音がする」「この音は何だ」「あの音は何だ」と言い出した時に私がその発言を受けて議論を深めなかったのも、同様の理由でです。
音に気付いた人がおかしく成ったのではなく「ああ、あの犯罪が来たんだな」と私には直ぐに分かりました。
そういう事は、私のこれまでの人生で、過去に何回も有った。
私の耳でも聞こえた事も有り、「異常な音ですよね」との質問に「はい異常です」と答えた事も1度ではありません。
音への驚き方から判断して、言い出した人はそういう経験が過去に無い人だった、のでしょう。
そこに私が居たので、そういう音が来たのでしょう。
ある時は、味方に成ってくれている人の意見を「全部違う」と言って全否定してしまった事も有る。
それは、肯定するとそれだけの話で終わりにされてしまう、と考えたからで、全部違うなんて事はなかっただろう。
その直後の私の発言を聞いた人から「違ってないじゃん」と怒られた事も有る。
この私をして誤作動させるほどの問題だ、という事です。
現住所の最寄のホームセンター「ユーホー」のレジで、店員から嫌がらせを受けた時に、嫌がらせの害が生じない様に私が上手く処理すると、嫌がらせをした店員が「ふんっ」と言ってそれを不満がった事が有ります。
それを察知した隣の店員が嫌がらせをした店員に疑惑の目を向けた時に私は、嫌がらせをしてない方、疑惑の目を向けた方の店員を「何も無いのに何だ?」みたいな怒った目で見てしまった。
これは私が錯誤して、嫌がらせをした店員を嫌がらせをした事でとっちめるのを悪い事ででもあるかの様な表現をしてしまった、という事です。
その嫌がらせをした店員は、男なら誰でも避けて通るであろう様なものすごいブスで、その事が嫌がらせの動機だったと思われます。
容姿の美醜を言うなとか、ブスという言葉を使うなとか、それでは、この事態をどうやって言葉で表現するのでしょうか。
その嫌がらせの件があって間も無く、ユーホーのその支店は、すぐ近くに移転しました。
それに伴って売り場面積が激増しているのを見ました。
嫌がらせの件との関係を私は疑うなあ。

04日@2022年01月@日記を書き始めた時や書き始めようかなと思った時にも、まだ何も書いてないのに思っただけで疲れを感じ、横に成って休みたく成りました。
08日@2022年01月@日記の終盤から書き始めている様な問題について書き始めるんだ、と思ったからです。
ここまで何日間にも渡って説明して来た事は、やっぱり説明は容易ではなかった、という事を意味します。