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| < 日記 > | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| < 2025年10月 > | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| < 21日 > | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2025年10月21日(火曜日) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 赤ちゃん時代の宇田雄一の写真についてウダマチコと問答 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
05:06から06:40までと12:08で私が指摘しているエピソードが、本件の中心です。 写真を見て直ぐには私は思い出せなかったが、この行を書いている2025年10月24日までには、当時の私の気持ちを思い出した。 思い出したけれど、50年以上の年月が経過しているので、自分の記憶に絶対の自信を持てない。 しかし、1987年頃(学生時代)に下宿で友人の清水匡太に、この話をしたと思う。 その時には、まだ20年ぐらいしか年月が経過していないので、記憶内容に自信を持った状態で話したはずだ。 もし何らかの方法でどこかに誰かがその時の私の発言内容を記録しているならば、その内容と照合する事によって、ここで私が述べる事の真実性をチェックする事が出来るだろう。 2025年時点の私の記憶では、宇田雄一である赤ちゃんの気持ちは以下でした。
写真の目は、腹の底から怒っている、という気持ちの表れです。 2025年10月に写真を見て思い出すまでは心に固く誓った初心を忘れていた事は、赤ちゃんだった頃の自分に謝らなければいけない。 お前の事を忘れていて、ゴメンよ。これからは、ずっと覚えているからな。 2025年10月24日の私が異常な目をした赤ちゃんである私の写真に「ふきだし」を付けるならば、「ほおう、これがお前らのやり方か、よお分かったわあ」ぐらいだ。 幼少期に私には、多分叱られた時にだったと思うけど、家具と壁の間の空間に入ってシクシク泣く、という習性が有った。 その事は小学生以上に成った時にウダオサムかウダマチコの口から何度も聞かされたし、その当時は自分でも覚えていた。 それとは対照的に熊五郎事件では私は泣かなかったと記憶している。 泣くどころではない度を越した出来事だったからだ。 その後、泣いてる写真も見付けた。 ![]() 07:12で私は、ダルマ形の人形は熊五郎の代替品だろう、と言っている。 これについての私の記憶はほとんど残ってないが、おぼろげながらそうだったような気がする。 喪失感は全く癒されなかったという意味で「焼け石に水」だった様な感覚が胸腺に、おぼろげながら今でも蘇る。 その事で当時の私は、ダルマ形の人形を持って来たウダオサムに、内心腹を立てたのだったと思う。 そんな慰め方をするのは他人事だと思ってるからだ、といったぐらいの呵責の気持ちが沸き起こったのを、おぼろげながら覚えている。 私はウダオサムにおちょくられていると感じたのだったと思う。 ダルマ形の人形の映像を見て、あなたもそう思いませんか。 赤ちゃんである私はダルマの人形にそっぽを向いているようです。 07:02などでウダマチコが度々笑っている。 この様に被害者の深刻な被害を笑う、というのも集団ストーカー犯人には多く見られる症状である。 「ホントの心理学@敵の手口を暴露@空手以外@理論@武道」にこの事を後で加筆したい。 12日@2023年10月@日記でも、私を診察していた精神科医が「ふふふん」という笑い声を発し、それを私に指摘されると「笑ってない」とウソをつく様子が、報告されている。 この様に、集団ストーカー犯人は、被害者の深刻な被害を笑うのだが、そういう価値観の人なのかというと、そうではなくて、自分の事ならものすごく怒るのである。 09:11と09:33の間に掲載されている写真の顔で、赤ちゃんである私が左目を細めている、右目よりも左目を細くしているのが分かります。 これは、膠原病で言われる意味でのストレスを受けた人に出ると私が前々から言っている症状です。 顔の左半分が上下方向に潰れたような外見に成る、と私は前々から言っています。 写真ではまだ被害開始からの日数が短いので、見て分かるのは左目だけなのでしょう。 被害が何年も続き、本人がそれに屈服しないで居続けると、顔の左半分が縦に潰れたような外見が傍目に見ても分かる様に成るのだろう。 09:46の直ぐ上に掲載されている、赤ちゃんである私がオカイだと思われる女に抱っこされている写真について。 これも多分清水匡太に話したと思う。 この時の赤ちゃんである私は、オカイだと思われる女が、全く私をあやさない、おりょおりょおりょみたいな事を全くしない事を不審に思ったのだったと思う。 つまり、この写真中の宇田雄一は単に、背後の人物の様子がおかしいので後ろを見ようとしているだけです。 2025年現在の私の鑑識眼で見れば、オカイだと思われる女はこの時、赤ちゃんである私の器量を自らの触覚で測定していたのだと思う。 この写真における宇田雄一である赤ちゃんの顔表情が異常である事は、オカイだと思われる女の様子が異常であった証拠だが、その事を、宇田雄一の先天的な異常を表す物として、責任転嫁が計られている疑いが強い。 これは、本来は犯罪の証拠であるはずの犯罪被害者の反応を精神病の症状だとして犯罪を揉みけす集団ストーカーの手口の基本とも一致する。 精神科医学の学理の根拠とされる様々な事例・症例は、この様な捏造・曲解によってデッチ上げられている事が強く疑われる。 10:04の直ぐ上に掲載されている写真中の赤ちゃんがもし弟ヒロトシではなく私(宇田雄一)であるならば、精神安定剤を投与された事が疑われる。 常識では、悪くとも精神安定剤を投与された事までしか疑わないが、別の写真を見て、どうも脳外科手術を受けたらしい事が分かった。 言語道断である。 と言ったからと言って、向精神薬の不正使用ぐらいなら常識の範囲内だ、なんて事は無い。 私も、向精神薬の服用経験が無かった頃には、その事が分からなかったので、向精神薬の服用経験が無い世の中の大多数の人は向精神薬を実際よりも軽いと誤解しているだろう。 向精神薬の効果が重大である事は、作用の向きが違うだけで作用の大きさは覚せい剤に匹敵するとか、オウム真理教で信者に麻原彰晃を妄信させる非常に大きな効果を持った神秘体験をさせるのに使われた薬物に作用の大きさは匹敵する、と言えば伝わるだろう。 また、私が処方されて飲んだ色々な向精神薬のうちでフルニトラゼパムという薬は医薬品医療機器等法に基づき劇薬に指定されています。 したがって、向精神薬の不正使用だって言語道断なんですよ、その事が知られてないだけで。 写真アルバムの背表紙に「雄一」と書かれているので、宇田雄一の弟ヒロトシではなく宇田雄一本人の写真だと考えられる。 ![]() また、ヒロトシなら外見が雄一と著しく異なる、というわけでもないはずだ。 2025年11月18日までに、10:04の直ぐ上に掲載されている写真の状況を思い出した。 思い出したと言っても、50年以上前の事だから、記憶しているという感覚や記憶内容は間違っているかもしれない。 これについても、もし学生時代に清水匡太に話していれば、その内容と比較する事によって確認できるだろう。 2025年11月18日時点での記憶内容は以下です。
10:40でウダマチコは「ぶっちゃん」という名称を言い始めるが、即席でこの名称を創作したのではないかと私は疑っている。 「ぶっちゃん」という名称は私の好みに反するし、記憶にも全く残っていない。 昭和の時代に「ブッチャー」という名前のプロレスラーが居たので、これを参考にしたのだろうか。 そういう時は何でも良いからデタラメな名前を言え、という風に集団ストーカーから指導されている、という雰囲気も感じる。 それはともかく、ウダマチコが「ぶっちゃん」と言い出した事で、ヒロトシかと思われる写真の話の続きをするのを私は忘れてしまった。 それが狙いだったのかもしれない。 この箇所で「ぶっちゃん」と言われて話の続きをし忘れた事が過去にも有るような気が、おぼろげながらする。 デジャヴューだろうか。 以下の写真を発見した。 額の白色帯は切開の痕跡だろうか。 ロボトミーなのか。 やってしまったのか?大田病院は。 やっぱしね、守秘義務ってのはいけないんよね。 こんな事をされても、された人のプライバシーを守る目的でという名目で、第三者の厳しい目から隠されてしまう。 右の写真の左手の指が可哀相だ。 ピュリッツァー賞でしょう?これ。 ![]() この様な事が有る前に、私(宇田雄一)は出産の時に殺されかけている。 その話を私は、2016年より後、2024年末までに母ウダマチコから聞いたので、こちらの方は記憶違いという事は絶対に無い。 産道を出た直後に私は呼吸をしていなかった、何度か尻を叩くと産声を上げた、という話は、それまでにも多数回聞かされていたが、それ以上の事は知らなかった。 2016年より後にウダマチコから聞いた話では、へその緒が私の身体にグルグル巻きに成っていた、との事である。 その話をウダマチコは自宅母屋1階台所で、「あんた、死んで生まれたんよ」という言葉で喜々として始めた。 産婦人科医が怪しいと私は思っている。 産道を出た直後の赤ちゃんにへその緒がグルグル巻きに成っていて赤ちゃんが呼吸できない状態だった、という事例が私以外にもし皆無なら、産道を出た直後に産婦人科医がへその緒を私の身体に巻きつけたのだろう。 その事を参考にすると、私は生まれる前から付け狙われており、熊五郎事件や脳外科手術も、その流れの中で起こった、と考えられるのである。 出産時に私を殺そうとしたが私が死ななかったので、後日改めて殺しに来た、という事ではないか。 2000年に私は精神病院に入院させられたが、これも、赤ちゃんの時の私の身に起こった出来事の再来だった様だ。 2000年頃には私は、熊五郎事件の事はまだ覚えていたが、それでどう成ったという事はすっかり忘れていた。 赤ちゃんの時の事で、ウダオサムとウダマチコおよびその他の関係者は長らく同じ過ちを繰り返すわけには行かない状態に成っていたのだろう。 それが、失われた30年の期間に入る時の1993年頃の世相の変化もあってか、長い年月でホトボリが冷めたというだけなのか、それとも赤ちゃんの時に奪っておいたので死ぬまで大丈夫だと高をくくっていた私の才能が犯人達の我慢の限度を超えて開花し始めたからなのか、性懲りもなくまた私に同じ事を仕掛けて来た、というのが2000年に私が精神病院に入れられた事の真相である。 その後2016年にも私は精神的に大変苦しんだが、これも精神科医が処方した薬のせいである疑いが強い。 私が受け続けている不当な損害のうちで成人後に受けたものは、私の素行が大人として欠けているからだという理由が付けられているだろうけど、私への犯罪は出生時からずっと行われ続けている事を見れば、それは間違いである事が分かる。 熊五郎事件ですら、赤ちゃんである私が何か言ったからとか、何かしたからではない事が、ヘソの緒グルグル巻きの件から分かるのである。 「生まれて来た赤ちゃんに罪は無いんだから」という不可解な言葉も、私の事を言っているのだろう。 私は少年時代に松本零士原作の銀河鉄道999のテレビ・アニメをよく見たが、その中に機械の体を手に入れた悪者というキャラクターが1つの大きな勢力として登場する。 これを見るたびに私は何か自分の事を言われてるみたいな嫌な感覚を覚えた。 ロボトミー手術をされたなら、そんな害を被った上に、さらに悪口まで言われた、という事に成り、到底容認できない。 子供時代に人造人間を主人公とする子供向けのテレビ・ドラマも有った。 可哀相な左手の指は「妖怪人間ベム」というテレビアニメのモチーフではないか。 2000年に宇田雄一が広島県福山市の福山仁風荘病院という精神病院で初診を受けた時に高田という精神科医が宇田雄一の2000年(32才)時の精神状態の問題点を説明するために赤ちゃんが持っている万能感という物を引き合いに出した事は、上掲の写真に現れている事件を高田が知っていたからではないか。 よく思い出せないが、出生直後の私は「自分は万能である」見たいな事を言って、そのせいでこんな目に遭ったのではないか。 そして、赤ちゃんであった時の宇田雄一の自信を、必ず失わせずには済ませないという執拗で確固たる意志が、宇田雄一が50才を過ぎてもなお、宇田雄一を付け狙い続けている、という事が考えられる。 その証拠に、次の様な事があった。 2016年に宇田雄一の心の調子が著しく悪化(31日@2023年12月@日記)した期間中のある日、自宅母屋1階居間の床で寝ようとしていた私が、同室内東辺に位置するソファーの上で横に成っていたウダオサムに、何か言おうとしたら、ウダオサムは顔がやっと直立するぐらいまで上体を途中まで起こし、顔がフクロウに成ったかのように面相を急変させて耳をそばだてた。 私が自信を失ったという意味の弱音を吐くのを聞きたい、とウダオサムが切望しているのが分かった。 この様な感情が40年以上もウダオサムの中に持続している事は宇田雄一にとって驚きだった。 また、1999年に岡山県笠岡市のワコー電器という半導体工場で被派遣労働した時にも、宇田雄一が自分を職場の上司や先輩よりも偉いと思っている事が解雇の理由とされた。 --- 01:49までで、ウダマチコは写真が抜かれているなんて事はない、と主張している。 04:54には、ウダマチコは貼り替え説を主張している。 読者のあなたが写真を見て、間違いなく写真が抜かれている、それにこれは貼り替えで抜かれたのではない、と思うかどうか確認して下さい。 あなたの感想がウダマチコの主張と食い違えば、それはウダマチコがウソをついている証拠を強化します。 貼り替えならば、各ページ内にバランスよく写真を配置するはずです。 そう成ってないページが有るから貼り替えではない、と私は判断します。 03:44でウダマチコは赤ちゃんがダルマ形の人形を見ていないど反論している。 03:18で私が撮影時期の話をした事に対して、それはトンチンカンである。 この事も、ウダマチコが話を噛み合わなくしようとしている証拠です。 09:03と09:06で、ウダマチコと私で赤ちゃんの顔が怒ってるか悲しんでいるか意見が食い違っている。 ウダマチコは悲しい顔だと言っているが、これをあなたが見てもし、誰が見てもこれは怒ってる顔だろうが、と思ったならば、それもまたウダマチコが思ってない事を思ってるとウソをついている証拠を強化します。 11:09でウダマチコが、「ぬいぐるみ」を「ぬいぐるみ」と言わず「ふわふわっとしたような」と言っている事は、記憶が曖昧である事を装おうとしている証拠である。 12:36からのウダマチコの無言は、私の発言内容がズボシであった証拠である。 13:46でウダマチコが、見てない写真の内容を「おかしくない」と主張している事は、犯人の態度である。 その事を私は13:48で指摘している。 13:57でウダマチコは赤ちゃん時代の宇田雄一の目がおかしい事を認め渋っている。 この事を、読者のあなたが見て、これは誰が見ても目がおかしいと思う、かどうかと比較して下さい。 比較の結果、食い違いが有れば、これもウダマチコが犯人である証拠です。 --- 本件でのウダマチコの発言態度を、2022年01月@日記や27日@2024年06月@日記で私が詳述している不正な態度と同質であると感じませんか。 この様な発言態度が、世界中でどんな個人も自分の意思での発言や選択を実質上は出来なくする、誰も逆らえない様に言う事を聞かせる力の端末です。 見かけ上は出来るかの様だが、それは相手が許さない選択をしないからであって、そういう人はいつまでも気付かないで居る。 したければしてもよいと考えているが実際に選択する事がなければ、敵は姿を現さない。 私はいつもあなたの自由を尊重しています、という顔をして来る。 敵にとって都合のよい選択をそうとは知らず私が自らすると、それを敵は「私はあなたの自由を尊重しているからそれに賛成するのだ」という顔をして来る。 しかし、してもよいはずの事で、大抵はそんな事しないよな、出来ないよな、といった事をした時に、それに対して今まで見た事が無い様な人間とは思えない様なグロテスクな反応に害され、愕然と驚くのである。 YouTubeにアップロードした直後に2025年10月21日のうちにウェブ閲覧方式で動画を再生して試聴したら、昭和の時代にテレビ・アニメ等で大型コンピュータの稼働音を表現するために使われていた効果音に似た異音が再生音に混入していた。 これは、26日@2024年09月@日記で報告されている音声や「2025_0418_1919@虫の鳴き声@動物の声@ノイズキャンペーン@敵の手口を暴露@空手以外@理論@武道」で報告されている異音と同じであり、それ以前から音声ファイルが壊れたらしい時に何度も聞いた事が有る異音です。 2025年10月22日に、手元に残してある動画ファイルをローカル再生したら、異音は全く含まれていなかった。 したがって、画像ファイルと音声ファイルを合成して動画ファイルを作る過程で異音が混入したのではない、と判断できる。 YouTubeにアップロードしている最中に、「動画の処理に通常より時間がかかっています。お待ちください。」というメッセージが表示されたので、おそらく、その時に不正な介入を受けて、その介入によって異音が入れられたのだろう。 内容を試聴すれば分かる様に、今回の動画で発表している証拠は、集団ストーカーの屋台骨を脅かしかねないぐらい重要です。 だから、そういう事が有っても不思議ではない。 ![]() --- 2025_1019_0008 私の幼少期の様子を写した写真のアルバムをウダマチコに出してもらった。 表紙に象の絵が入っている。 現在自宅母屋1階北西隅に位置するウダオサム寝室に置かれているタンスにも象の絵が入っている。 このタンスは私の幼少期にも私のそばに置かれていた物だ。 象って何だろう。 私の幼少期にはウダマチコが私に向かってよく「ねんねんころりよ・・・」とともに「象さん象さんお鼻が長いのね、そうよ母さんも長いのよ」と歌って聞かせていた。 創価学会の悪い噂で「反対者を巨象が踏み潰す」といった様な事を創価学会の人が言った、という話も耳に入っている。 ウダマチコもウダオサムも創価学会じゃないと思うんだけど。 ![]() --- 02:39と02:41の間に掲載されている2つの写真のうちで上の写真は、当ページで論じている写真アルバムの写真掲載部分の最初のページに普通よりも大きいサイズで掲載されていました。 しかし、私は、下の写真の方が上の写真よりも素晴らしいと感じる。 下の写真は、このアルバムの中ほどのページに普通サイズで掲載されていた。 これら2つの写真の掲載位置とサイズの選択が逆である事は、やはり私の目の異常を目立たなくする目的での集団ストーカー工作ではないか。 つまり、本当は、 → ![]() という変化が有ったのに、それを歪めて、 → ![]() という変化だったんだ、あまり違わないでしょ、という風にウソをつく工作が写真アルバムに施された、と見て間違いないだろう。(ベストショットの写真の向きが90度変えられる集団ストーカー工作を私は見た2025_1027) そう言えば、不可解な再撮影が行なわれた、という記憶を清水匡太に話したかもしれない。 熊五郎事件の証拠を隠滅したかったのなら、何故私のこの腹の底から怒っている目の写真を抜き取らなかったのだろうか。 その点が不審であるので、腹の底から怒っている目の写真が残っている事は、重要な手掛かりである。 考えられるのは、腹の底から怒っている目の写真が私(宇田雄一)の先天的な特徴を表している、とウソをつくつもりだったのではないか、という事だ。 2000年を過ぎてから父ウダオサムは、統合失調症の主な原因は先天的な特徴である、と私に答弁した事がある。 また、2020年から2025年までいつだったかに、ウダマチコが過去のある時期に自分(ウダマチコ)の目つきが悪く成っていた、と私に言った事が有る。 その話は、その時まで1度も聞いた事が無い。 これも、宇田雄一には先天的な目つきの異常がある、というウソをつき通すためのつじつま合わせ工作の1つだろう。 ぬいぐるみを買い与えて愛着が深まった頃に奪い去る、という計画が最初から有ったなら、クマのぬいぐるみが写り込んでいる写真を最初から撮らないはずである。 抜き取られた写真に熊五郎が写り込んでいるか否か分からないので、クマのぬいぐるみが写り込んでいる写真を最初から撮らなかった可能性も有るが、抜き取られた写真にクマのぬいぐるみも正常な目もどちらも写っていない、という事は無かろう。 そう言えば、赤ちゃん時代の自分の写真を見てお目目パッチリである点が印象的だったと清水匡太に話した時に、クマのぬいぐるみの入った写真が1枚も無かった事を不可解に思った、という感想も一緒に述べた様な気がして来た。 一旦アルバムに掲載した写真を抜き取って事後的につじつま合わせをした、という事は、何らかの不測の事態が起こった証拠だ。 ![]() 宇田雄一である赤ちゃんの写真が掲載されている「おいたち」というアルバムとウダマチコの写真が掲載されている茶色のアルバムは製本が豪華だが、他のアルバムの製本は簡素だ。 最初は要領が悪かったので高価なアルバム冊子を買ってしまったが、その後廉価版で済ませる事を覚えた、という事だろうか。 それとも、熊五郎事件を境にアルバムの購入態度が激変したのだろうか。 宇田雄一である赤ちゃんの写真が掲載されている「おいたち」というアルバムの表紙には金色の糸まで入っている。 考えられるのは、ぬいぐるみを買い与えて愛着が深まった頃に奪い去り心に傷を着け、その精神的な欠陥を先天性のものだとでっち上げる、という計画は最初から有ったが、写真を見て分かるような外見上の変化は生じないと犯人は見込んでいた、という可能性だ。 それなら、クマのぬいぐるみも正常な目も写真撮影するだろう。 写真撮影は常にクマのぬいぐるみが写り込まないように行なったのなら、赤ちゃんに外見上の変化が生じても、それを先天的な形質が時間的に遅れて出て来たものだと主張する事が出来るし、異常な目の写真を残しておいた方が「ね、この人、赤ちゃんの時から明らかにおかしいでしょ」という風に言う事も出来るが、そう言われても納得しない人、犯罪の臭いを嗅ぎつける人が居るかもしれない。 また、犯人が何から何まで合理的な判断をするとは限らない。 最初の計画では、あくまで、物的証拠が全く残らない手段で物的証拠が全く残らない劣化を宇田雄一である赤ちゃんに引き起こす、その劣化による欠陥は、何十年も後に成って驚き(驚いたふり)を持って発見され嫌悪される予定だったのだろう。 ところが宇田雄一である赤ちゃんの目に変化が生じてしまった。 それで犯人は動転してベストではない証拠隠滅工作を行なった、という事ではないか。 おそらく、愛玩具を与えて奪い去るこの手口は、宇田雄一である赤ちゃんに適用されるよりずっと前から多くの赤ちゃんに適用されて狙い通りの結果を出して来た実績が有るだろう。 他に類を見ない宇田雄一のイレギュラーな反応を見て、赤ちゃんがこういう反応をしたらお手上げだ、という風に成ったのではないか。 「俺たちは、もうおしまいだ」という言葉は、その事を言った物かもしれない。 出生直後の宇田雄一が非常に良好な状態の赤ちゃんだったのに数年以内に赤ちゃんとは思えない様な深い闇を感じさせる目を持った赤ちゃんに変貌した事は、陰謀論者の話に出て来る堕天使ルシファーの逸話を思わせる。 宇田雄一こそが現代のルシファーだ、という話に持って行こうとする計画が有るのかも知れない。 ![]() ![]() こうして見てみると、出生直後の宇田雄一が非常に素晴らしい赤ちゃんであった事が段々と私(58才の宇田雄一)にも感じられる様に成って来た。 この赤ちゃんに見られると、まるで大人に見られているかの様だ。 私は、大学生だった1987年頃に、同じ下宿に住んでいた他大学の清水匡太という学生に、赤ちゃん時代の自分の写真を見た時に、お目目パッチリで頭脳の天才だと言われればそういう風にも見えた、といった程度の意味の事を言った覚えが有る。 これは、間違いなく、私は清水匡太にそう言った。 ところが、いま見てみると、それに該当する写真が見当たらない。 熊五郎が入っている写真だけでなく、この写真も抜かれたのではないか。 (31日@2025年05月@日記に書かれている1993年か1994年の読売新聞の中ほどに丸1ページを使ってフジテレビのお目目パッチリ広告が出たのは、私のお目目パッチリ写真が抜かれたのと同時ではないかと疑う) とすると、やはり、熊五郎事件を無かった事にするだけでなく、私の先天的な特徴を偽装しようという意図が存在しているようだ。 清水匡太に話した時には私は、怒りの目をした私の写真には気付いていなかった。 変化前の写真のうちで私が「こちらの方が素晴らしい」と評価する写真を50年ぶりに見て私は、美人女性に対するコンプレックスが消し飛んだ。 この素晴らしい赤ちゃんを、数十年の人生の終わりまでの間に、汚れ切った最悪の人間にまで歪曲する計画が起動され、それが今も実行され続けているようだ、と私は思った。 原形の素晴らしさが犯人達の我慢の限度を超えていたために、「これは一見すると素晴らしい赤ちゃんに見えるんだけど、その後数十年間に渡って詳しく調べてみると、とんでもない欠陥品である事が分かった」という風に持って行く筋書きが有る、と私は見ている。 つまり、宇田雄一の誕生という事実は敵によって「この事実をいついつまでに取り消さなければ大変な事に成る」という風に考えられているのではないか。 優れ過ぎているので存在自体が不都合である、だからそんな事実は最初から無かった事にしようなんて、これ以上の人権侵害は無い。 これが、「人権」「人権」と叫んでうるさい者達のやる事なのである。 予約を取り消すとか、余分な記述を取り消すという事なら理解可能だが、事実を取り消す、というのはほとんど文法エラーに近いので、注意が必要だ。 ブルース・リー主演の「死亡遊戯」という映画のオープニングの最初の最初で、ブルース・リーの「うううううううー、ああー」といった感じの声が聞かれ、それと同時に国連か何かの職員らしい人物が聞こえる音が大き過ぎるのでヘッドフォンを外して聴覚を守ろうとする映像が見られる。 熊五郎事件とは別の機会の事かもしれないが、私は、これを、赤ちゃん時代の宇田雄一が発した声に由来するだろう、と推測している。 とすると、私の様子は、音声だけなのか映像もなのかは知らないが、公的機関の職員によって常時モニターされている事に成るのだが。 私を肩車した状態でウダオサムが、棚の最上段に陳列されているクマのぬいぐるみに向かって歩いて行く様子を、肩車された私の視点で見た映像が2025年の今も私の視覚に思い浮かぶ、 「お前は、これだ」といった程度の事をウダオサムが言った様に記憶している。 映像の記憶には自信が有るが、この発言の記憶には自信が無い。 大規模商店、多分百貨店の売り場での事だったと思う。 最初は、「お前はこれだ」と一方的に決められた事も、「熊五郎」という名前も、あまり好きではなかった。 しかし私は一瞬で、順応路線に気持ちを切り替えたのだったと思う。 「お前は、これだ」というウダオサムの発言は、集団ストーカー犯罪のコース指定だったのではないか。 1995年に神辺町の現住所敷地内に西棟を追加新築する直前の、新築準備として邪魔に成る物品を移動するのを私に手伝わせた時のウダオサムの態度が「お前は、これだ」に似ていた。 この西棟は、私に集団ストーカー拷問を掛ける専用の建物である事が後で分かった。 「お前はこれだ」という言い方が、私への集団ストーカー工作を決行する場合の犯人の雰囲気を帯びている、という事も言えるのだが、もうひとつ別の可能性としては、次の様な可能性も考えられる。 ウダマチコがマリア様のような状態に成っているのに対してウダオサムはヨセフのような状態に成っている事をウダオサムが気に入らないと思って、クマのぬいぐるみを使って私とウダマチコの関係に亀裂を入れようと画策したのではないか。 熊五郎という男性名を付けた事は、ウダマチコが女性であるので、その反対の性を、という事だろう。 しかし、人形ではなくて動物のぬいぐるみを選んでしまった事が、ウダオサムのうかつな所だったようだ。 熊五郎喪失後のダルマ形の人形が再び女性に戻っている事から、人形の性別でも考えが変わったのかもしれない。 「お前はヒトとして生きるのか?それとも動物として生きるのか?」と質問された事がある。 これを私は、集団ストーカーに加入するのか?加入を拒否するのか?という意味で言われたと、長い間思って来たし、その可能性も引き続き有ると思うが、私がクマのぬいぐるみを母の様に愛しているという風に誤解した大人の発言だった可能性も有る。 昭和の時代にテレビで、ヒトの赤ちゃんが野生の動物に育てられた結果という物が、時々見られたが、それらは、私の熊五郎事件を参考にしていたかもしれない。 09:46の直前に掲載されている写真で、宇田雄一である赤ちゃんがウダマチコの姉であるオカイに抱っこされている様子を見る事が出来ます。 熊五郎事件には、背景事情としてオカイが関係しているのではないか、と私は疑っている。 小学生時代にだったと思うが、ウダオサム、ウダマチコ、ウダヒロトシ、宇田雄一とオカイ(ウダマチコの姉)が一緒にドライブに出掛けた事が有る。 ウダキョウコが既に生まれていて同行した、か否かは思い出せない。 ウダマチコの姉の夫であるオカイ(男)が同行したか否かも思い出せない。 オカイ(ウダマチコの姉)の息子であるオカイミツヨシは同行していなかったと思う。 オカイは宇田とは別の自動車に乗っていた。 ドライブの途中で、自動車の停車用スペース(高速道路のサービスエリアとかパーキングエリアよりはずっと小規模なスペースだったと思う)で停車降車した時に、オカイの自動車からキンコン、キンコン、・・・・ という音が出続けていた。 自動車の法定限度か性能限界を超えた使い方をした場合に出る音だったと思う。 ウダオサムに質問して、そんな感じの返答を得た。 ものすごく気に成る音で、過去にそんな音を聞いた事は私には1回も無い、その時に初めて聞いた、独特な不気味さを感じさせる音だったので、その音について詳しく話をしたいと思ったが、集団ストーカーという概念を知らなかった当時の私ですら、あまり食い下がると何らかの悪意を持った犯人の思う壺である臭いがプンプンしたので、追加の質問はしなかった。 集団ストーカーの手口を随分と広く多く見て来た2025年の私の目では、あのキンコンキンコンという音が、集団ストーカー工作として出されていた事は、ほぼ間違いないだろう。 そのドライブの道中での事だったと思うが、オカイから質問されて私が「自分は偉い人に成るんだ」と答えたら、オカイがものすごい剣幕で「何故あなたが偉い人に成る必要が有るのか?(反語)」程度の事を言われた。 キンコンキンコンの記憶は間違いないが、この問答の記憶には自信が無い。 しかし、この問答も、1987年頃に記憶に自信を持った状態で清水匡太に話したかもしれない。 因みに2010年頃、私が神辺町の現住所の自宅敷地内を歩いて移動している時、オカイが私の目前に立ちふさがって、ものすごい剣幕で「あなたは自分の部屋で何をしているのか?」と私に詰問した事が有った。 「剣幕」という言葉を思い出せなかったので私がウダマチコかウダオサムに「怖い顔で」と言ったら、「怖い顔」と言われて心が傷付いたとオカイが言っていると後でウダマチコから言われ、悪者に仕立て上げられそうに成った。 その頃わたしは自分の部屋でインターネットを使った発表を急拡充させていたので、その事で、オカイミツヨシが勤務している大手予備校の境遇に大きな変化が生じていたのではないか、と私は思っている。 幼少の頃に私は、オカイの住所に遊びに行った事が有る。 ウダオサムの両親の住所には毎日の様に遊びに行っていた時期が有るが、オカイの住所に遊びに行ったのは、その時1回限りだろう。 オカイは私には愛想が悪い、という偏見を私は当時も持っていたが、その時はオカイが上機嫌に見えて、どうした風の吹き回しだろう、といぶかった。 その時に私は、オカイミツヨシの勉強机の位置にも通されたが、オカイミツヨシに会う事は出来なかった。 確かな事は分からないが、ウダマチコの姉であるオカイ(女)が、私とオカイミツヨシを会わせない様にしているようだ、と当時の私は感じた。 その日、オカイの住所を去る直前に私はオカイから、ドリフターズが出演して大活躍している「8時だョ!全員集合」というテレビ番組の存在を教えられた。 オカイの住所で1回分視聴したのだったかもしれない。 当時の私は、「8時だョ!全員集合」というテレビ番組の存在を知った事を、とても得をした、と感じた。 オカイに「有難う」と言いたい気持ちだった。 そう言ったのだったかもしれない。 沖野上町の自宅に帰ってからも、毎週その番組を見る様に成って、番組の内容に大満足だった。 しかし、オカイの思惑は、「オカイミツヨシは勉強して賢くなれ、宇田雄一はドリフターズを見て馬鹿に成れ」という物だったろう、と私は見ている。 並みの秀才ならドリフターズを見る時間があったら勉強した方が賢くなるだろうけれど、私ほどの天才になればドリフターズを見ても勉強に成るんだよ。 参考:8時だョ!全員集合@一般論@敵の手口を暴露@空手以外@理論@武道 2013年01月06日に不審に思って以下の写真をメモした。 ![]() これは、宇田雄一の妹キョウコの息子である赤ちゃん(アキラ君)の写真です。 以下の写真(宇田雄一である赤ちゃん)と揃えようとしたのではないか。 遺伝的に目の外見に異常が見られる、という話をでっち上げようとしているのではないか。 ![]() アキラ君の写真を左右反転して比較すると、ほぼ同じです。 ![]() 多分2013年頃の事だったと思うが、自宅母屋1階の居間北口の北脇に立っている私が居間北口の南脇付近で寝姿勢であったアキラ君に目を留めたら、それに即応してウダオサムが「お前は、もうちょっと赤ちゃんらしくしとけ」と言いながら、赤ちゃんであるアキラ君の帽子を手で引っ張って目深にした、という事があった。 すると、私の目に見えているアキラ君の外見の印象が「バブー」と言いそうな赤ちゃん風に変化したかの様だった。 ウダオサムは、私(宇田雄一)の目を気にして、そうした。 その時に私はアキラ君の脚を見て赤ちゃんにしては長いと感じたのだった。 赤ちゃんなのに大人っぽい、脚が長い、そして、ウダオサムは、その事を人目から隠さなければいけないと考えている、どちらも私の時と同じなのだろう。 この様な野蛮な考え(自分以外の個体の特徴が自分の好みに合っていなければ許せないという考え)に目を向けず児童相談所の機能や権限を幾ら拡充しても、それは「やってるふり」なんだよ。 また、これも多分2013年頃の事だったのだろう、私が外出から帰宅した際か自宅母屋から自宅西棟に移動した際に、自宅西棟1階に位置するウダオサムの作業室で入り口の私に向かってウダオサムに抱っこされたアキラ君が私の方を見ながら限度を超えた恐怖を表現するかのような異常な泣き方をするのを間近で見た事がある。 私がそこに到着するまでは泣いてなかった、私の姿を見るや否や泣き出したのだったと思う。 異常な泣き方というのは、牛や馬を思わせる様な泣き方でした。 それを見て私は以下の2つの事を考えました。 1つは、ウダオサムがアキラ君に私の事を何か吹き込んだらしい、という事です。 もう1つは、私が赤ちゃん時代に同じ様なユニークな泣き方をした、という記憶が、なんかそういう事が有った様な気がするなあという形で、おぼろげながら有る事です。 後者については、表現する言葉が見付からないとか、表現する言葉をまた探すのはもう面倒臭いという理由で、そういう泣き方をしたのではなかったか。 上掲の写真と合わせて、私が辿って来た道と同じ道をウダオサムがアキラ君に曲解やでっち上げで辿らせようとしている事が疑われる。、 --- 過去に私(宇田雄一)が面と向かって言われたり間近で聞いた言葉のうちで特筆すべき物は、「直接言われた言葉@証拠・資料@敵の手口を暴露@空手以外@理論@武道」に出来るだけ書き出していますが、赤ちゃん時代に聞いたと思われる言葉は、間違いなく聞いたと記憶しているけれど、その事が第三者には分かりにくいだろうから、以下に書き出しておきます。
その後まだ幼いうちに私は「おとうちゃん」「おかあちゃん」という言葉を奪われ「おとうさん」「おかあさん」に変えさせられたが、この事も父母を慕う私の気持ちを壊した。 謎の大人は1人ではない。 大きく分けて善人らしき大人と悪人の2種類が来て、善人らしき人も複数だったし、悪人も複数だった。 2001年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の「A.I.」という映画に、当ページで論じている時期の私の境遇が随分と反映されている事に私は気付いた。 それで、この映画は私にとって重すぎて気持ち的になかなか再生する事が出来ない。 映画の内容と私の実話の関係を以下にメモする。
このページを見た犯人達は私の記憶力が自分達の想定を超えている事に舌を巻くはずだが、そう成ると今後生まれて来る赤ちゃんが危ないんだよ。 何としても、この犯罪の伝統を絶やさなければいけない。 これは、集団スローカー撲滅の部分だとも言えるが、普通の意味での集団ストーカー撲滅よりもはるかに優先度の高い課題である事は明白です。 --- 2025_1029_1404にメモした。 不安と困難救うぬいぐるみクマ、という記事 中国新聞2025年10月28日号20ページ ![]() 当ページ「21日@2025年10月@日記@宇田英才教室」が監視されている証拠だ。 --- 2025_1107_1221にメモした。 中国新聞2025年11月06日号に以下の書籍広告が掲載されていた。 くまのコールテンくん、おもちゃ売り場に並んでいるくまのぬいぐるみと・・・、と書かれている。 ![]() |
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| 最終編集2025年11月27日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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