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2013年12月@日記

この回のケーサツ襲来の日は、福山こころの病院(福山仁風荘病院)で外来受診を終えた私が病院参道を歩いている途中で危険運転車両の攻撃を受け、その車両に乗っていた人が警察を呼んだ結果、私が警察の職務質問を受けるハメに陥った物ですが、この日は、登院前に珍しく明王明王台で路線バスを降車しました。
明王台でバスを降りたのは、その時1回だけだったと思います。
いつもは、普段は、国道2号線のバス停でバスを降りていました。
私が明王台のバス停でバスを降りた日に警察が私に来た事は、福山市明王台主婦殺害事件と関係が有るだろう。
職務質問で警察官は私に「我々はずっとあなたを探していたんだよ」と言いました。
不審人物がうろついている、という通報を受けたのだと思う。
明王台は、それ以前にデイケアで何度もレクリエーションに連れて行かれました。
私がその日バスを明王台で降りたのも、その事を懐かしく思い出したからです。
しかし、いま思えば、デイケアの職員が私を含む被ケア者を明王台の公園に連れて行ったのも、福山市明王台主婦殺害事件で私に冤罪する計画の一部だった事を強く疑っています。

デイケアの職員に連れられて被ケア者集団の1人として明王台の公園に何度か行った中には、1回だけ、展望台と言ったかなあ、住宅地の奥深くに歩いて入って行った回が有りました。
後日もし私がそこを懐かしんで1人で展望台まで歩いて行ったら、福山市明王台主婦殺害事件の犯人に見えるんじゃあないかなあ。

竹森幸三被告が逮捕されたのは2021年、福山こころの病院への私の通院最終日は2023年末だから、私に冤罪するチャンスが無くなったので用済みに成った福山市明王台主婦殺害事件を片付けた、という見方はピッタリではないけど、2021年頃には既に私が明王台に1人で歩いて行く事はもう無いだろう、という状況に成っていた、とは言えます。
私は2016に心身の調子が著しく悪化するまでは1人でバスに乗って通院していましたが、2016年に心身の調子が著しく悪化してからは、回復した後もずっと、父ウダオサムの自動車で通院しました。
だからです。
竹森幸三被告が逮捕されたニュースをテレビか新聞で見るまで、福山市明王台主婦殺害事件を全く知りませんでした。

私が言いたいのは、冤罪事件というのは、過失ではなく故意の犯罪であり、冤罪される特定の個人を狙ったものであり、殺人事件もその為に起こされている疑いが有る、という事です。
福山市明王台主婦殺害事件で言うと、私に冤罪する目的で何者かが明王台の主婦を殺した、そう私は疑っています。
私の住所の近所でイトウという名前の人が変死した事(2022年11月@日記)や、不審火があった事(21日@2023年11月@日記)で、ますます私はそういう疑いを強めています。



最終更新2025年03月15日