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高校生時代にだったと思うが私は同級生に「正しいのか間違いなのかが問題ではない」と言った事が有る。 1回だけではないと思う。 何か質問された事に対して返答としてそう言ったのだったと思う。 人が何を選択するかを「何が正しくて何が正しくないか」で決める、のは間違っている、という意味で言った事も有る。 けれど、それは、軽はずみに言ったとか、ひねくれて言ったとか、間違っているという事がどんなに大変な事なのかをまだよく分かっていなかったからそう言ったのであって、私が目指している正解ではないし、少年時代の私も心からそう思って言ったのではなかったと思う。 最近で言うと、草なぎ剛さん主演のテレビ・ドラマで多分「罠の戦争」だったと思うが、悪役の政治家が「「何が正しくて何が正しくないかでどう行動するかを決めるのは間違っている」という意味の発言をするのを聞いて、ああ、また、ここにも出てるなあ、と思った。 以下では、「正しいのか間違いなのかが問題ではない」と私が言う時、それがどういう意味なのかを、挙げてみます。 (1) 間違ってる事は当然過ぎるから、問題はそこではなくて、誰が何のためにやっているのかだ。 (2) いけないかどうかではない、と言った事が有るようだと思い出した。 (3) 言ってる事が正しいか否かとは別に主張を変えたか否かという問題が有る。 (4) 私に向かって言ってる事が正しいか否かとは別に、私以外の他人には言わないという問題が有る。 (1)に当てはまる最近の社会問題としては、LGBT問題で「性器の外観を変えないと性別変更できない」という法律は違憲だ、という判決が裁判で出るように成った事、このまま行くと違憲だという考えが主流に成りそうな勢いである事を挙げる事が出来る。 違憲だという判決を私は明らかに間違っていると思うので、これについて意見を求められれば「正しいか間違いかという事よりも、何らかの外力が裁判に働いているようだからその外力を及ぼしているのは誰なのか、目的は何なのかという問題の方が重要であり、究明する必要が有る」と答える事に成る。 ただし、この問題について私が過去(学齢期など)にそう発言した事は無い。 以下の資料は、別のページに移動する予定です。
(2)については、「いけない」という言葉の意味が曖昧であるので答える事が出来ない、というニュアンスです。 学齢期の私が言ったのは、多分この意味で言った事が多かったろう。 この事情を説明するには、「いけない」という言葉の多様な用例を挙げて説明するのがよいだろう。 簡単に言うと、いけないからどうする(どうだ)、という部分が、「いけない」と言っただけでは指定されていない、という事だろうか。 集団ストーカーの屁理屈では、いけないから殺してもいいよな、という風に持っていかれがちなので、こんな事まで一々キチンとさせる必要が出てしまっている。 |
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| 最終更新2025年11月23日 | ||||||||||||||
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