1990年代に、広島県神辺町の自宅の母屋1階台所内で私(宇田雄一)は母ウダマチコからしつこく繰り返し無実の罪で責め立てる言葉を言われ続け、腹を立ててウダマチコを突き飛ばし、それによってウダマチコが台所北壁内側に腰を強打する、という事が有った。
「~を返せ」だったかもしれないし、「~を盗るな、盗ったらいけんよ」だったかもしれない。
その数日後だったか数か月後だったか忘れたが、宇田雄一の自宅に私服の刑事2人組が来た事が有った。
私が自宅母屋から屋外に出ようとした時にその2人組が丁度玄関に来ていて、玄関の出入り口をふさぐ形で屋内に向かって立っていた。
その場に居合わせたウダマチコから刑事だと告げられ、私はそれを聞いて安心したのだった。
当時の私は気付かなかったが、あれは多分わたしがウダマチコを突き飛ばした事について刑事が来ていたものだろう。
私がウダマチコを突き飛ばしてウダマチコが腰に怪我をしたその件の少し前、私はウダマチコから、「そんな事をしていたら警察が来る」と言われた事が有る。
当時の私は、高校生が大学受験準備としてやっている勉強を手助けする通信添削の添削者の仕事をしていた。
その仕事で生活費を稼ぎ残りの時間で理論物理学の勉強を続行する、というのが、当時の私の計画だった。
ウダマチコから「そんな事をしていたら警察が来る」と言われたのは、その事だった。
つまり、通信添削の添削者の仕事で生活費を稼ぐ事によってフリー・アルバイター生活をしていたら、同居人が無実の罪で責め立てて暴力を振るわせ、それを理由に警察が逮捕する、という手口が存在しており、その事をウダマチコは、通信添削の添削者の仕事で生活費を稼ぐ事によってフリー・アルバイター生活をしていたら警察が来る、という言葉で表現した、という事だ。
ウダマチコ自身がそう言っている様に、通信添削の添削者の仕事で生活費を稼ぐ事によってフリー・アルバイター生活をしている事を理由に警察を来させる目的で何かしたら、それが何であっても、また、その何かに対して私がした事が形式的に刑法に違反していても、それは、通信添削の添削者の仕事で生活費を稼ぐ事によってフリー・アルバイター生活をするという、憲法上保障されている自由の範囲内での行動を取り締まる事に当たり、これは全く不当である。
「何か」の部分が何であっても、何段階に分けても、その道理は変わらない。
私のこの様な言説へのひねくれた反発が、「武力による現状変更はどんな事があっても許されない」とか「理由の如何にかかわらず暴力は許されない」といった間違った言説の正体ではないか、と私は疑っている。
この件については、さらに、付言すべき事が何件か有る。
そのひとつは、家庭内暴力の是非の基準だ。
2026年現在では、巨人の監督が家庭内暴力で逮捕された事を見れば分かるように、暴力に家庭内であるか家庭外であるかの区別は無くなっている。
しかし昭和期には、殺人なら別だけど、家庭内の問題に家庭外の人が強制的に介入する事は、その問題が暴力であっても、やってはいけない事だとされていた。
その理由は基本的には、民事不介入の原則が必要だとされる理由が重んじられ理解が普及していた事だと私は理解している。
家庭外の暴力についても、少年時代に、父ウダオサムにした色々な質問の1つとして、暴力で警察が来るのはどういう場合か、という質問をして、怪我をすれば来るけど怪我をしなければ来ない、という返答を聞いた。
ウダマチコを突き飛ばした時にも私は、見境なくやったわけではなく、それまでに見聞きした色々な事を瞬間的に参考にして判断した。
同じ間違った事を言わなくする効果は有るけど怪我はしない、といった辺りを私は狙ったはずだ。
だから、殴ったり蹴ったりする事は避けた。
突き飛ばすと言っても、ドンッと突き飛ばす事はせず、グイッと押した。
さて、家庭内暴力の是非の基準なんだけど、指摘しておきたいのは、この基準が1995年頃までには昭和期とは違う物にまで変わっていた様だ、という事です。
法律が改正されて何年何月何日からこうなりますよ、という広告が全く無い形で、実質上の重要なルールがこっそり変更される、それも、極めてゆっくりと少しずつ長年月をかけてやるんじゃないかと思うんだよね。
これが非常に悪どいし危ないんで、ここでみんなに知らせておきたい。
2千1桁年の事だったろうか、似たような事で私が自宅敷地内屋外で肩をグイっと押す形でウダマチコを突き飛ばした事が有って、その時に、ウダオサムから「お母さんももう若くないので怪我をする危険が有る」という意味の事を言われ納得したので、それを境に私はウダマチコを突き飛ばす事を全くしなくなり、以来ずっと突き飛ばしていない。
母親を突き飛ばしたという事だけを聞くと、過ぎた行ないに聞こえるだろうけど、ウダマチコが私にそのぐらいの事をしたり言ったりして来る、という事です。
私の様なタイプの人が、母親に対してであれ他の人に対してであれ暴力を振るうというのは、相応の事が有ったという事であり、よほどの事が有った、という事です。
ウダオサムの言葉に納得して私がウダマチコを突き飛ばさなくなったのを境に、ウダマチコからに限定された話だったか否か思い出せないが、私への集団ストーカー工作の量が増えた。
罰が無くなったのでウダマチコの犯行が自由に成ったなどの観点も有ろうが、もっと難しい問題としては、私がウダマチコを突き飛ばしているうちは、必要な時には私にウダマチコを突き飛ばさせてそれを問題にすればいいと考えていた家庭外の犯人達が、その手段を失い、代替の手段を必要とする様に成ったからではないか、という問題を指摘できる。
家庭内暴力の是非の基準の次の話に進みます。
1990年代に既に始まっていたと思うが、オリンピックに出場した選手などが励まされた事を「背中を押された」という言葉で表現するのを聞く事が多く成った。
また、多分1990年代にテレビ・ドラマで、鉄道の駅のホーム上、登場人物(秋吉久美子さんだったと思う)の目の前で母親が線路に突き落とされる、というシーンが有った。
これらは、私が自宅母屋1階台所でウダマチコを突き飛ばした事に由来するだろう。
私が押したのは背中じゃない。
|
2026_0614_2118
いまGIFTというテレビドラマの台詞に
「背中を押してくれた」
という言葉が含まれていた。
RCC 21:00-21:54
日曜劇場GIFT最終回
涙の決勝戦!俺達は全員で勝つ!美しき愛というギフト。
これまでアスリートのインタビューへの返答やテレビ・ドラマの台詞で「背中を押す」という言葉が良い意味で多数回用いられて来たが、1995年までは、そんな言い方は無かった。
 |
|
|
次の話に進みます。
私が小学生だった頃、家庭内で嫌がらせをされた人が嫌がらせをした人を殺す、という被害が発生した、という話を聞いた。
殺された事が被害というのではなくて殺した事が被害だ、という認識です。
つまり、殺された人が加害者で、殺した人が被害者、殺した人は殺したという害を被った、という認識です。
私は同世代の男子児童から聞いたが、その男子児童は、警察官がそう認定した、と言っていた。
2026年現在の私には良く分かる話で、その警察官は正しい、しっかりしていると思うが、小学生時代の私はうかつにも、そういう認定は間違いだ、殺人は常に殺した人が加害者だ、という意味の事を言ってしまった。
この場で当時の私の、殺人は常に殺した人が加害者だ、という意味の主張を取り消す。
|