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2024年12月20日(金曜日) | |||||||||||
とうとうスサワが私の前に姿を現す様に成った | |||||||||||
私は現住所に1981年春から1986年春までの5年間と、1995年1月から2024年12月現在までの30年間、合わせて35年間住んで居るが、地主のスサワを見たのは多分2022年06月23日が初めてだ。 それ以前に見た記憶は全く無い。 2022年02月か03月に私は、約6年ぶりに空手の練習を再開した。 本格的な再開としては、二十数年ぶり、あるいは、三十数年ぶりだった。 2024年まで見てみると本格的な再開だったが、2022年春の時点では、私の空手練習再開がどの程度本格的であるかは、まだ定かではなかった。 とは言え、2022年春にロシアがウクライナに侵攻したのは、私の空手練習再開の最初の数日が過ぎた頃、私が左右に開脚するストレッチ体操で十数年間ずっとやらなかった角度まで開脚した日の翌日だった疑いが有る。 そうだとすると、私が空手練習再開したのは、2022年03月ではなく2022年02月であった事に成る。 2022年06月に、それまで一度も見た事が無かった地主のスサワが私の自宅に訪問した事は、私の空手練習本格再開への反応である疑いが強い。 スサワという名前は、私の自宅の西南西隣(淀電子第2工場の南西隣)にある民家の所有者の名前として、父ウダオサムや母ウダマチコの発言を通して、かなり昔から私の耳に入っていただろうと思う。 私の自宅の西南西隣(淀電子第2工場の南西隣)にある民家の所有者ではないかもしれないけど、私にとって聞き覚えのある名前です。 しかし、それが地主だという話を私が母ウダマチコから聞いたのは、かなり遅い時期です。 (代わりにウダマチコからよく聞かされたのが、ウダマチコの旧姓である宗岡の家は大地主だったという話だ。地主という言葉が出て来る話は、それ以外聞いた事が無かった) 私の自宅の敷地の南隣の敷地(現在駐車用に使われている)の所有者はウダマチコの姉だ、という話を私はかなり昔から聞き知っている。 長い間、それ以上の話は聞かなかった。 ところが、多分1990年代だったと思うが、私の自宅の南隣の敷地の南縁は道路であって、その道路部分の所有者は地主のスサワだ、とウダマチコから言われた。 地主という言葉を私が初めて聞いたのは、多分その時です。 この話は、それまで私が聞き知っていた事と矛盾するわけではないが、だから盲点を突いて来たのではないかとも思える話で、私にとって感覚的に非常に違和感の有る話で、今でも「ホントにそうだろうか?」と疑っている。 私の自宅の南隣の敷地の南縁は道路でその所有者は地主のスサワだと初めて聞いたばかりの頃は、草刈人集団がその道路だと言われるエリア内に限定的に侵入していた。 道路だと言われるエリアの所有者は地主のスサワだ、とウダマチコが私に言ったのは、先回りしてその言い訳をした、という事ではないだろうか。 何時を境にかはもう思い出せないけど、2024年現在では、もう何年も前から、草刈人集団は、私の自宅の南隣エリアの全体に1年に1回とか1年に2回という風に半ば定期的に侵入する様に成っている。 ウダマチコが許可している様だった。 草刈人がそこに来るのは、私の自宅の南西隣に在る庭状敷地の草刈をするためで、そのついでに私の自宅の敷地の南隣に位置する駐車用敷地の草刈もしておいてあげるよ、という形の様だった。 そのうちの庭状敷地の草刈の発注者を私が質問すると、草刈人は「スサワまたはスザワ」「シュウイチまたはシュンイチ」と答えた、それがもう何年も前の事です。 私がそんな質問をしたのは、やはり、その時すでに草刈が集団ストーカー・ノイズ・キャンペーンとして行なわれていたせいで、その騒音が私にとって大変うるさくて苦痛だったからであるはずだ。 1980年代と1990年代にこの草刈をうるさいと思った事は記憶に無い。 騒音の内容が違うのだろう。 1980年代には1回も来なかったのではないかと思う。 やはり私の何かに反応して始まった事だろう。 ともかく、長い間、地主のスサワが発注した草刈が私の自宅の周囲に集団ストーカー・ノイズ・キャンペーンとして半ば定期的に来ていたが、来るのは受注者だけで、地主のスサワが直々に私の前に姿を現す事は無かった。 私の自宅の南西隣に位置する庭状敷地の中を歩いていた中年男性を見た事がある。 私は、その人に挨拶したのだったかもしれない。 ウダマチコはその人を地主のスサワだと言ったかもしれない。 それは言わなかったかもしれないけど、その時ウダマチコは地主のスサワの人柄を「良いんだ」と私に言った、それは間違い有りません。 それはともかく、その中年男性の人相は、以下の写真に入っているいずれの男とも異なり、蛭子能収さんに似ていました。
18日@2013年06月@日記で報告されている「あなかたが知るかもしれない世界5」というテレビ番組で報告されている事件では、地主が犯人だった。 私の住所の周辺に集団ストーカー住宅が続々と新築されている件について、プロセスは大体次の様に成っている。 まず、耕運機や動力草刈や田植え機を使って農業名目で騒音を浴びせられる。次に、その農地が宅地に転用され、まず宅地造成の工事騒音、続いて住宅の新築工事の工事騒音が浴びせられる。そして最後(かどうか分からないが)に、新築された住宅への入居者が永続的に集団ストーカー作用を及ぼし続ける。 これまで十数年間観察して来たところでは、大体、こういうプロセスです。 このうちの農業名目での騒音の段階では、野焼きで有毒ガスを発生させ、それが風で私の所に届く、というのも有りました。 集団ストーカー犯人が周囲に住み着く段階では、まず2年間ほど潜伏期間を置いて、然る後に犯行が本格的に開始される、という傾向も見られると思う。 これらを見て私は、地主が犯罪の発信源である可能性以外に、地主が土地をむしり取られているのではないかとも疑っている。 地上げ屋が地主の背後から私に向かって地主をグリグリと押し付けて来る、そうすると私は地主が悪者だと誤認する、それによって、どういうわけか知らないけど地主が地上げ屋に土地を売らざるを得なく成る、地上げ屋はその土地を集団ストーカー目的で使用する、という構図がひょっとして有るのではないか、とも疑う必要が有る。 2024年秋は、私が人生で初めて本格的に日光浴を始めた。 すると、直ぐに、女性を多数含む歩行者の行列が通過する事が何回か有った。 自動車に乗った女性が通過する事も多い。 私は、日光浴ではパンツ一丁が普通だが、通行者が来る度にカーテンで自分の身体を隠す様にしている。 難癖を付けるために来た通行者に対してこちらが自腹で対処する義務は本来あってはいけないが、それで大体対処できている。 このカーテンで身体を隠すという方法が犯人達にとって誤算だったので、私の自宅の東隣に民家を新築して、その住人の目を理由に、私の日光浴を出来なくする狙いが有るのではないか、と疑っている。 28日@2018年12月@日記で報告されている道路デザインへの集団ストーカー工作は間違いなく行なわれていると私は判断しているが、この様な大規模インフラへの集団ストーカー工作まで個人の地主が出来るとは思えない。 やはり、地主スサワは発信源ではなく、あくまで中継点なのだと思う。 |
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最終編集2024年12月29日 | |||||||||||
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