とりあえずページ設置のみ。
Googleマップで調べた座標=(35.721717, 139.598595)
私が住んでいた頃は、この近くに同名の坂井荘という別の下宿が存在していました。
宇田雄一絡みの影武者工作だろうと思われます。
それは、私が住んでいた坂井荘よりも北に在りました。
坂井荘母屋2階 |
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1987年初旬 |
1987年5月 |
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1990年末 |
1992年末 |
2A |
宇田雄一 |
2B |
多分ワタナベ、大家の犬がなついていた、新聞配達関係の仕事をしているのではなかったか |
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オグラ |
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2C |
化学の助教授に成る為に転出した人、どちらかの部屋。 |
清水匡太 |
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2D |
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ヒガシモト |
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2E |
?やはり働いている人、非学生だったと思う。 |
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ハセガワ |
オグラ |
氏名不詳集団ストーカー犯人 |
2F |
早稲田大学競走部主将として東伏見に住んでいたが就職準備期間に臨時にここに住んでいた吉田という名前の男性。 |
アベ |
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2T1 |
小便用トイレ |
2T2 |
大便用トイレ |
2K1 |
食器棚 |
2K2 |
台所用流し台 |
2K3 |
冷蔵庫 |
2K4 |
下駄箱 |
2K5 |
洗面台(水道+シンク+壁鏡) |
灰色部分 |
階段 |
2階の様子は、ファイナルファンタジー14のanimaというワールドのシロガネの第27区の7番地にあるWOODERK SHIROGANEの玄関を入ってしばらくの間の部分に、再現しておきました。
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坂井荘母屋1階 |
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1A |
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近藤貞明 |
1B |
コガ、どちらかの部屋 |
オノデラ |
スコット・ニューマイヤー |
1C |
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1D |
多分ミズタニ |
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1E |
「シンさん」と呼ばれていた中国人 |
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イワモト |
1K1 |
ピンク色の共用電話機 |
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1K2 |
郵便ポスト |
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1K3 |
階段の真下に洗濯機、この前に立つと踏む様に大場久美子さんの等身大ぐらいの胸像写真が地面に置かれていた、踏み絵です。 |
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1K4 |
この辺りに私は自分の洗濯物を干していた |
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1G1 |
敷地の出入口 |
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1G2 |
母屋の出入口(玄関) |
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1G3 |
母屋の通用口 |
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1階の様子は良く見ていないし良く覚えていないので、東端部分以外には、間違っている部分もあると思います。
2階の居住用部屋の中では、私の部屋2Aだけが真下に居住用部屋が無く、冬季底冷えする様に手配されている。
スコット・ニューマイヤーさんが1Bに入居する直前の時期、多分1991年に、1K2をガサゴソしている青年男性を見掛けたので私は、警察官の職務質問みたいなちょっとキツイ調子でその男に話し掛けた。
その時に聞いたのかどうか覚えていないが、その男の名前はヴィッケン・カスパリヤン(偽名かもしれない)というのだったと記憶している。
何に基づいてか覚えていないが、ヴィッケン・カスパリヤンさんは東南アジアの出身だと私は記憶している。
スコット・ニューマイヤーさんは、ヴィッケン・カスパリヤンさんの代わりに来た様な印象を私は受けた。
スコット・ニューマイヤーさんは、アメリカ合衆国出身の白人男性で、パラシュート降下で脚を悪くした、早稲田大学の「きょうやきん」というカヌー同好会に所属していた、と私は聞いた。
ヴィッケン・カスパリヤンさんは東南アジアの出身だから私に舐められたのでアメリカ合衆国出身の白人男性であるスコット・ニューマイヤーさんが来た、という文脈が頭に思い浮かんでしょうがない。
イワモトさんは在日朝鮮人だろうと何故か私は記憶している。
イワモトさんは、私の洗濯物干し用のハンガーを勝手に自室内に持ち帰って使っていた。
イワモトさんの室内に吊り下げられている私の洗濯物干し用のハンガーが、屋外からすりガラス越しに私に見えたので問い詰めると、イワモトさんは罪を認めてハンガーを私に返してくれた。
その時に、勝手に使っても構わないのか否かの判断基準が分からない、とこぼしていた。
確かに、1階に住んでいる親しい友人の洗剤が洗濯機の所に置きっ放しに成っていて、それを私が無断で使用したとしても、笑い話で済まされた事だろう。
では、そういう場合とイワモトさんが私のハンガーを盗んだ事との違いはどこに有るのか?
人間関係の親疎なのか、それとも、窃盗内容の軽重なのか。
確かに言われてみれば自分でも良く分かってなかった問題なので、今でも考えている。
その後イワモトさんが坂井荘から警察のパトカーに乗せられて去るのを見た事が有る。
私の件も、すりガラス越に自分のハンガーだと分かったのが絶対かと言われれば、絶対とは言えないかもしれない。
そこがガスライティングだったのかもしれない。
当時は、絶対ではないので言い出すのに勇気が要った、とは思ったが、ガスライティングを仕掛けて来ているとまでは思わなかったんじゃないかなあ。
ガスラーティングという言葉は、まだ知らなかったし。
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坂井荘には、母屋の他に、母屋の西にも離れ棟が存在していた。

2024年12月24日にGoogleマップから取得した地図 |
坂井荘の南西近所に「東交観光バス株式会社第一車庫」が存在している。
私が住んでいた1987年から1993年までは、これも存在していたかもしれないが、「天草」または「天津」という名前の運輸会社が坂井荘の南近所に存在していて、その社員寮または社宅が清水匡太の部屋の南窓から見え、そこで刃傷沙汰が有ったという話を清水匡太から聞いた事が有る。
当時の私は、近所(私の意識としては直ぐ背後)に大型車両多数台の車庫が有るという風に認識していたが、それをバスではなく運送用トラックだと思っていたかもしれない。
これも、排気ガスや騒音を私に浴びせる集団ストーカー工作の都合で、不動産屋がこの位置の坂井荘を私に紹介したからだと思われる。
広島県の現住所では、北西に隣接する淀電子第二工場に着発する常連のトラックが発する騒音が、私への集団ストーカー工作としてほんの一角に過ぎないが確固とした効果を発揮し続けている。
しかし、坂井荘に住んでいる間に私は、近所の大型車両用車庫から発せられる排気ガスや騒音で困った事は全く無かった。
これは、今でも不思議です。
この謎を解く鍵として、以下の様な不審な経験を私は、した事が有ります。
坂井荘の近所を清水匡太と2人で歩行していると、脚を中心に全身的に萎えた感じの老人男性が歩くのがやっとという調子で間近を歩いてすれ違うのを複数回見た。
その人の人相は、どこか私に似ていた。
当時は、自分も老いるとああいう風になる物なのかな、という風に私は清水匡太に言った。
つまり、一般的な老化の効果かな、とも思っていた。
しかし、あれは、本当は、一般的な老化の効果ではなく、多分近所の大型車両車庫から発せられた集団ストーカー害の効果だったのではないか、人相が私に似ているのは私の影武者だったからではないか、集団ストーカー犯人は、その人をターゲットだとミスリードされて攻撃し、そのおかげで私は無事だったのではないか、と思うんです。
集団ストーカーの攻撃は、狙撃の原理の様に、周囲の人に気付かれずにターゲットだけに損害を与えます。
だから、被害者本人以外は何も感じない様に出来ています。
似た例として、広島県の現住所の南近所に住んでいたマスノという人が足を引きずっていたのを思い出します。
私が声を掛けると、マスノさんは、「他人に言えない様な苦労をして来た」と言いました。
当時の私は、それを、一般的な意味での苦労だと思ったけど、集団ストーカーの被害も他人に言えないんですよ。
言うと被害妄想だと言われるから。
坂井荘の南東隣の区画は、上の地図では住宅で埋まっているが、私が住んでいた当時は、農業高校の農地だった。
自室東窓から東方にスポーツ・センター・グラウンド(高い位置にあった)が見えていた。
これが広島県の現住所から東方に町民グラウンドが見えるのと相似に成っていて、偶然じゃないのではないか。
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またあとで。
ホント時間ないわあ。
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