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2022年01月22日(土曜日)
朝まで生テレビ2022年01月01日放送分を見た感想16

今日も補足や訂正を書きます。

後で読み返して昨日の記事にも脱字など見付かりました。
正:「
これが、素晴らし事を出来ない様に経済を崩壊させる動機です
誤:「
これが、素晴らし事を出来ない様に経済を崩壊させる動機です
正:「
先天的資質が劣っていたので冒険したけど相応の成果を出なかった、とか、・・・
誤:「
先天的資質が劣っていたので冒険したけど相応の成果を出なかった、とか、・・・

大規模な経済崩壊を起こしているのも劣人主主義者だ、という私の意見について補足します。
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泥棒が怒るから泥棒に厳しい事を言えないと警察が言っている、とテレビで誰かが言うのを何年か前に聞いて、何を言ってるんだ、と思った事が有る。
覚えてる人も居るかもしれない。
ひょっとしてと思うので書いておくと、私には次の様な経験が有る。
私が学生だった頃に、やはりブックオフの前で携帯電話に向かって怒鳴っていた男と同じ様な年齢と背格好の男が、私と同じぐらいの年齢で私の知り合いだった誰かに何かの不正をしたと聞かされた事が有った。
私が気付かないうちに私が何かの不正をされたのを私の知り合いが私に教えてくれたのだったかもしれない。
それで、私の知り合い複数人と犯人と私が屋外に立って居合わせ、犯人は犯行を認めている状態で、私の知り合いが私に「宇田君これで良いか?」と質問した。
これに対して私は、「いけない。犯人が怒っているからだ」と答えた。
この私の答えが後々まで悪い影響を及ぼし続けているのではないか、と私は懸念している。
犯人が怒っているからいけない、というのは、犯人が反省してないからいけない、このまま返したのでは仲間を動員して同じ犯罪を続行したり報復したりするからいけない、という意味でした。
どうしてそう言えなかったのか、「怒ってるからいけない」という分かり難い表現でやめてしまったのかと言うと、それは、「そういう犯人は返してはいけない、この場で殺してしまう必要が有る」と私が強く思い、しかしそうするわけには行かなかったからです。
時代劇などで「おぼえてやがれ」と言いながら逃げて行く悪役を見す見す放っておくのは馬鹿げているとは、今でもハッキリと思う事です。
しなければいけない事が出来ない様に法律が成っている、というのは非常に問題です。
ついでの話なんですが、私が「いけない」と答えて、それが後々まで悪い影響を及ぼしている事が懸念される次の様な事が有りました。
「アイドル」という業種の業務をいけないかどうか質問されて「いけない」と答えた事が私には有ります。
その心は?
周りの人を儲けさせなければそんな派手な事をやってはいけないという考えに支配されているのでいけない、というのが私の考えです。
つまり、私に質問した人は、そこまで自由に行動しても良いものなのか、という問題意識だったのに対して、私は、アイドルの現状でもまだ自由が足りない、と考えていたわけです。
矢沢永吉さんの話なんかを聞くと、私が無茶を言ってるのではない事が分かりますよ。
私は儲けが出た時には全部自分が儲けを取れる体制を保ったまま活動してます。
経済的に成功しても人を雇うとかするつもりは有りません。
私が中学生だった頃だろうか、私がテレビで芸能番組を見ていると、私の父ウダオサムが私の背後からテレビに向かって「こいつら何をやっても許されると思ってやがる」という意味の事をそういう調子で言った事が有る。
偶然私が後ろを振り返ったからその様子を私は見聞きする事が出来た。
そのときテレビにはアイドルの歌唱シーンが映っていた。
どうも、こっちも何か有るようだ。
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子供の頃に、大人から質問された私が「何事も正しく行なわなければいけない」と答えると、私に質問した大人が私に「それでは優れた人と劣った人の結果の差が大きく成り過ぎる」「邪魔をするのはいけないか」ときき返した。
「何事も正しく行なわなければいけない」というのは、不正は一切禁止、犯罪は些細でも一切禁止、という意味です。
私が「邪魔をするのもいけない」と答えると、私に質問した大人はさらに私に「少しでも駄目か?」「音で邪魔をするぐらいなら構わないんじゃないか?」ときき返した。
私は「音ぐらいなら構わない」と答えた。
そんな事が有った。
この事から、不正を完全に排除した形で経済を運営する事には堪えられない人々が居る事、そういう人々は代表者が私に質問するぐらいまとまってたくさん居る事が、分かります。
「音ぐらいなら構わない」という発言を今撤回して「妨害目的の妨害は一切駄目です」「音で妨害するのも駄目です」という形に私の意見を訂正しておきます。
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それよりは何年か後ですが、私の住所に、高年の男と若年の男から成る2人組がやって来て、そのうちの高年の男がモーターまたはエンジンを稼働させて音を出し、私に「あんた、この音は平気か?」と質問した事が有る。
その高年の男も、やはりブックオフで携帯電話に向かって怒鳴っていた男と同じぐらいの年齢と背格好だった。
その時の私の存在位置は多分、現住所の母屋2階(当時私の勉強部屋だった)だった。
高年の男による発音位置は多分、現住所の母屋南脇屋外で、当時この位置を私は自分の勉強部屋から見ていた。
私は「平気だ」と答えた。
この様な場合、虚勢を張ってやせ我慢して「平気だ」と答えない様に気をつけて下さい。
また、特定の音が邪魔に成り過ぎないか否かは、短い時間聞いただけでは判断できません。
1分ほど聞いてみて大丈夫でも、1週間聞き続けた頃にやっと「これでは無理だ」と分かる場合が有ります。
その様な事情や、虚勢を張ってやせ我慢して「平気だ」と答える傾向が男には有る事を悪用して、返答者が自分で自分の首を絞める答えをする様に狙って犯人は質問して来ます。
当時の私はまだ子供だったので、その認識が不十分でした。
私が「平気だ」と答えて間も無く、高年の男は発音機具を持って若年の男と一緒に去った。
去る前に若年の男が高年の男に「わかったぞ、こういう事なんですね」みたいな事を言った。
それを受けて高年の男は若年の男に「馬鹿もん、そんなに簡単に分かるものではない、音は難しいんだ」といった意味の事を言った。
つまり、自分達の犯罪手口のレパートリーの中で音を使った犯罪が最も難しく習得に長い年月を要する、お前なんぞにゃ10年早いわ、といった意味です。
多分その直後に高年の男が若年の男に「行くぞ」と言って去ったはずだ。
この「行くぞ」という言葉は、過去に私の所に来た色々な2人組の決まり文句であり、2人組の2人の間に上下関係が有る事を意味します。
私も、私をその様な人間関係に取り込もうとする人から「行くぞ」と言われた事が有ります。
その時に使われた音の音色は、近年の私への集団ストーカー・ノイズキャンペーンでも頻出です。
この様に私がレポートしたので、もうこれからは誰の所にも、私の所に来た2人組の様な人は来ないかもしれません。
だから、この様な犯人は、犯行を出た分だけ防いだり罰したりするだけでは駄目、どこかに生存しているだけで駄目だ、と考えなければいけないのです。
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他にも思い出せば限り無くぐらい色々な物事を私は直接見聞きしました。
重要な事から順に思い出すわけではないから、まだ書いてない事の中にもっと重要な私の経験が含まれているかもしれません。
ブックオフで携帯電話に向かって怒鳴っていた男と同じぐらいの年齢と背格好の犯人が頻出である事も、遺伝子を見ろ、という私の教えの正しさを裏付けるのである。

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09日@2022年01月@日記の中盤に、戦争も劣人主主義者が陰謀で起こしている、という私の考えが書かれています。
これに補足します。
いま私は「大金言」という諺辞典を1日1項読むのを日課にしてるんですが、これを読むと大正時代というのがどういう時代だったかが良く分かります。
「大金言」の初版は大正時代に出版されました。
私はナポレオンヒルの内容を知らないんだけど、「大金言」という本は多分ナポレオンヒルと種類が同じだ。
つまり、成功哲学といった色彩が濃いと感じる。
だから太平洋戦争が起こったんだなあ、と思うんですよ。
大正時代は経済の時代だった、だからそれを嫌った劣人主主義者が戦争を持って来たんだ、という風に。
経済を将棋に例えると、戦争は将棋板の破壊です。
このまま行くと将棋に負けてしまうと考えた劣人主主義者が将棋板を揺さぶって経緯をうやむやにする、というコンセプトです。