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2019年03月31日(日曜日)
次世代の世界一の天才へ(14)

(2d1) 頼むから勉強してくれ。

世界一の天才が怠りなく努力し運が悪くもなければ、その人は個人でありながら法人や国の様な巨大な利権や信用を得る事に成る。

それを不都合だと考える者は、それを防ぐ為にどうするか?

世界一の天才には能力を獲得する為の努力(=勉強)をさせない様にするのではないかと思う。

貧乏にして進学できない様にして手柄にも稼ぎにも成らない職業に就かせる、という事も考えられる。
この問題を解決するには私の持論である宇田経済学やソレダケノモン教育の考え方が必要だろう。
それはそれで解決して行く必要が有る。

しかし、犯人がそういう方法を使ったなら、犯人にも良心の呵責という物が有る人も居るだろうし、発覚すれば重罪として認識され重罰を受けるリスクが有る。
そうで無くても、そういう犯罪はカッコ悪い。
犯人は、他人の目は欺けても自分の目は欺けないので、自分で自分の事をカッコ悪いと分かってしまう。
もともと自尊心が理由で犯行するわけだから、犯人は自分が被害者に劣等感を持ちたくなくてする犯行なのだから、犯行の結果自分がカッコ悪く成ってしまうのは非常に嫌なんです。

そこで考えられるのが例えば、あなたは勉強しなくても今のままで十分に優秀です、と言うかもしれません。
世界一の天才は、その様な甘言に惑わされてはいけません。
世界一の天才であっても、勉強しなければ、世界一の能力を獲得する事はできず、世界一の能力を獲得できなければ生涯業績で一位に成る事は出来ません。

生涯業績の評価対象はIQテストの得点ではないし、IQテストの得点は利権の獲得とは別です。
生涯業績の評価対象は、哲学をどれだけ進歩させたか、だから、哲学の既に出来ている部分を勉強する必要が有ります。
それ無しでは、つまりゼロからスタートしたのでは、世界一の天才でも、良くてアリストテレスの業績に相当する業績を上げる事までしか出来ません。

時間が経つに従がって学問は進歩するので、昔に比べて今の方が、生涯業績で首位に成るには、裸の才能ではない学習力が重要に成って来ています。

つまり「学びて思わざれば暗し、思いて学ばざれば危うし」の中の「学ぶ」という部分が昔よりも今の方が重要に成って来ているわけです。
天才というのは「学ぶ」の部分ではなく「思う」の部分が常人より長けているのだから、天才であるだけでは危うし、なのです。
「危うし」ならまだ良い方で、現代では「幼し」に終わってしまう、と言った方が正確です。

この事を知れば、野心の有る者は自分から我利我利亡者の様に勉強を始める事でしょう。
世間では、それをガリ勉と言います。
ガリ勉はカッコ悪い。
けれど、だからと言ってカッコ付けてガリ勉しなければ、能力の卓越した大人には成れません。
そっちの方がカッコ悪い。
勉強でカッコ付けてる場合じゃないんです。

さて、以上の事が分かって、もしあなたがガリ勉強をし始めると、その時に分かるでしょう、それまで表に出されなかった、あなたが勉強すると不都合だ、という底意を善人面した知人の皆が持っている事が。