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2019年03月27日(水曜日)
小学校の教科に英語を追加、何て事をするんだ!

英語に触れる機会を設けるだけだ、習得度評価も行なわない、という条件で数年前に導入された小学校での英語授業。
当時は、まあそういう条件なら構わないだろう、と思った。
しかし当時ですら私は、それが本格導入の為の布石である事を強く疑い、それ以上は少しも駄目だからな、英語教育をエスカレートさせないか何年でも監視し続けるからな、と思っていた。
そしたら案の定だ。
小学校での英語教育を増加させる予定が有る事が、今日の朝刊に書かれていた。
アメリカのゴリ押しも、ここまで来たら、度が過ぎていて許せない。

小学校への英語教育の最初の導入も、私が学会かウェブで英語を使った直後だったが、小学校での英語教育の今回のエスカレートも、私が学会で発表内容中の英語を断片的に読み取ってそれを手掛かりにコミュニケーションした事を報告記事に書いた直後だ。

私が英語を習い始めたのは中学1年生の時です。
日本では数年前までずっと普通は誰でもそうでした。

私の英語力が他の日本人よりも高いなんて事は有りません。
中学1年生から英語を真面目に勉強した人については、そうです。
有るとすれば、それは私が学校外の英語塾で英語を習ったせいでしょう。
しかし、その塾に私が通ったのは中学1年の時からです。

大学4年生の時に先生が指定した場の量子論の教材は和書でした。
場の量子論なら洋書を使うのが普通なのに先生が和書を指定したのは、私と他学生との英語力の差を先生が知っていたからではないか、と私は疑っています。
まあ、上も下も居ます。
学会で見かける英語の出来る日本人の英語力は、どれも私よりずっと上でした。

英語を習得するにはなるべく低年齢の時に学習し始めた方が有利だ、という通説は正しい、と私も思う。
しかし、それは、日本語もまだ片言である様な幼児期に学ばせれば英語力も母国語レベルに出来る、という事であって、小学生ではもう手遅れだ。
つまり、中学からでは遅過ぎるから小学から、という論理は間違っている、と私は思う。
中学からも小学からも五十歩百歩だ。

そして、中学や小学での教え方として合理的なのは、幼児へのベストな教え方とは全く異なる。
アメリカ人は英語を母国語とするから最善の教師に成れるのは自分達だと思っているがそれは間違っている、と指摘する識者は多い。
アメリカ人が最善の教師と成れるのは幼児への英語教育においてであって、言語への脳の可塑性が既に失われてしまっている小学生や中学生には、そのやり方は、もう通用しないのだ。

だから小学生や中学生には英語を理屈で教える必要が有る。
私は、塾でとても賢い先生から英文法を最大限情報圧縮した形で教わった。
前置詞の目的語は動名詞だ、動名詞の主語は所有格だ、という風に。
それが小学生や中学生には最善の教育法なのだが、アメリカ人は逆に考えてしまう。
日本人はそんな事をやっているからいつまでたっても英語がしゃべれないんだ、オレに任せろよ、直ぐにしゃべれるようにしてやるから、という風に。
しかし、それは、アメリカ人は英語を一番よく知っているが故に英語(が出来ない人)の事が分からないでいる、という事なのだ。

上の学年でやる事を下の学年に繰り下げれば教育制度を改善した事に成るのか?
成らない。
小中高校では生徒は一方的に受業する、大学4年生に成ってやっと能動参加型のゼミを経験する、それが元々は生徒の発達段階に合った教育スタイルだったはずだ。
もちろん生徒が自発的に能動行為をするのは奨励されるべき事だが。
それを、高校までの授業をゼミ形式にしてグループ学習と呼んだり、英語の開始学年を中学から小学に繰り下げたり、そんな変更は、教育法について案出できない人が案出を疑似体験して不相応なプラス評価を得る事に過ぎない。

また、私が大学4年生に成ってゼミを経験し始めれば小学生にもゼミをやらせる、私が大人に成って英語を使えば小学生にも英語を習わせる、というのも無茶だ。
私も小学生の時には、基調においては一方的に受業したし、英語塾に行っても「中学に成ってから来て下さい」と言われたよ。

少年よ、慌てるな、人生は長い。

英語が無くても小学生にはやる事が多い。
私も小学生時代は土曜日が来ると嬉しく月曜日が来ると憂鬱だったものだ。
その上に英語を上積みされたら潰れてしまう。
聞けば学校の先生も仕事を増やされて潰されているそうじゃないか。
こりゃ集団ストーカーと同根だな。
小学に英語を追加って、他科目の学力を低下させる事を狙った工作か?
それとも対小児性犯罪の伝染を日本国内にまで拡大するのが狙いか?

学校での英語授業では、発音を出来るだけ正しく行なおうとするな、カタカナ式の下手な発音をしろ、という自粛強要が生徒間に「空気読め」的に存在しています。
学校の先生はこれを知っていますか?
今なら、これはイジメに直結する問題です。
私はもう大人ですが、その大人の私が英語を出来るだけ正しく発音しても、それに反応して集団ストーカーが来ますよ。
直すなら、こっちが先でしょうが。
これを見落として放置したのでは、先生の目は節穴、先生の英語力や教科書を幾ら改善しても無駄です。

この記事を書いたので今日は「次世代の世界一の天才へ」を書けなかった。
そうやって「次世代の世界一の天才へ」の執筆を遅らせる為に英語のニュースを作る、という事も集団ストーカーがやりそうな事だ。