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2013年02月11日(月曜日)
父が大成功すると子供の教育に、どこが悪い?
以前、知人に「個人が独力で自分の人生を切り開き大成功する事は、それ自体としては、全く非難の余地が無いだけでなく本人にとっても何らデメリットは無い事だが、子供の教育に悪い」という意味の事を、私は言った事がある。

この言葉も、真意が分かり難いので、説明しておく。
私としては、「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」みたいに、「どこが?」と訊き返される事を前提に言ったのだが、訊き返されなかったので、そのままに成った。

先日、テレビで、幼い男の子が「僕も、お父さんの様に有名に成りたい」と言うのを聞いたが、子供がそういう風に考える様に成る事を、教育に悪い、とは私は思わない。
子供が有名に成りたいと考えて有名に成る様に努力する事は善い事だ、と思う。

私の言う「教育に悪い」というのは、大成功した父親の下で毎日暮らしていると子供は、放っておけばひとりでに自分もそう成れそうな感じがして来るのではないか、という意味だ。
つまり、そう成る事が如何に希な難しい事か、という点を実際よりも甘く錯覚してしまう恐れがある。

また、昨日大変頑張ったので今日は少しのんびりしよう、という心理を、世代交代スケールまで相似拡大して、先代が大変頑張ったので私は少しのんびりしよう、という心理が働くのではないか。

これに対して、大失敗した父親の下で毎日暮らしている子供は、放っておけばひとりでに自分もそう成ってしまいそうな感じがして、そう成らない様に必死で努力するのではないか。

才能の面で言うと、大成功した父親の子には才能が有るんだろう、と思う。
そういう子供向けにどういうアドヴァイスが良いか、考えてみた。

刃を上に向けて置いた日本刀の上を裸足で歩いているつもりで一日一日を過ごせば成れる、と思う。