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2019年04月09日(火曜日)
次世代の世界一の天才へ(19)

(6b3) 誰も何も認めるつもりは最初から無い。

有名な成功者のサクセス・ストーリーを幾つもあなたはマスコミで見て知っていると思います。

そこには、言葉で明示的に述べられる事は無いかもしれませんが、あなたにも同じチャンスが与えられています、あなたももし同じ様な事が出来たならその成功者と同じ様に成功する事が出来ます、それが我々自由主義社会の社会主義国とは違う正義です、というメッセージが込められています。

しかし自由主義社会においても、その正義を通用させるつもりは、誰にも最初から有りません、ぐらいに思っておいた方が良い。

有名なサクセス・ストーリーの中に、他の誰にも絶対に出来ない事が入ってないですか?
それを入れておけば、出来ても駄目というのが本音なのに、そうは思っていないと白を切り通し、出来なかったから残念でした、という建前を理由とした別件処理で、あなたが成功するのを阻止できます。
生涯業績で首位に成るか凡退するかの差は、そんなビックリ人間みたいな能力の有無で決まるのではなく、もっと曖昧な才能や能力の深さで決まるのが本当です。

有名なサクセス・ストーリーには、本人の才能、努力、能力だけでなく、あなたには決して訪れそうにない偶然の幸運が入ってないですか?
これもまた、あなたには同じ成功を許さない為の言い訳です。
また、その様な偶然の幸運は何時誰に与えるか恣意的に操作でき、これは談合を経ての成功の落札を偽装する手段として使えます。

有名なサクセス・ストーリーには、成功しても割に合わない過度の苦労だとあなたが感じる苦労が入ってないですか?
これは、してはいけない、と言わずして、あなたに自分から「やめます」と言わせるのを目的のひとつとしての事です。

それでも有名な成功者という者が居る事は、成功する事は誰にも許されていない、という法則への反例です。
しかし、そういう成功者は、実力も悪くないんだけど、お前には成功させない、という犯人の意志を打ち破って成功したわけではなく、談合を経て成功を落札した者達に過ぎません。
有る程度以上昔なら違ったかもしれないけれど、現代では過去の失敗を教訓に犯人達が自由主義をそこまで腐らせている、と考えられます。

実力が悪くないなら構わないじゃないか、と思うかもしれませんが、例えば私の物理学正典とそのライバルサイトを比較して下さい。
てんで勝負に成らない。
こんなに差が出るんです。
と言うか、物理学正典で一新された解説法と比較して、そのライバルサイトは紙版での旧タイプの解説法をウェブ上で繰り返しているだけなので存在意義が無い。
着想のみ私から盗んで私のやろうとしている事を私より先にやっても、十分に良い物は出来ない。
一から十まで私が書かないと駄目なんです。
物理学正典のライバルサイトは談合を経て成功を落札した者です。

私の意見は、誰も何も認めるつもりは最初から無いのだから成功を目指すな、という意見では有りません。
誰も何も認めるつもりは最初から無いのだから、成功を目指す者には、そういう認めない態度を叩きのめし踏み潰して進むつもりが最初から必要だ、という事です。
それはサディストに向いているでしょう。